『和協翁主の最後の身支度』朝鮮時代の化粧品を公開、現代と「似ている」
和協翁主の墓から出土した品々を手掛かりに、美容水や面薬、白粉、臙脂を用いた朝鮮時代の化粧法とKビューティーの歴史を紹介。
『和協翁主の最後の身支度』で、朝鮮時代の化粧品が公開された。
16日、EBSは特集番組として『和協翁主の最後の身支度』を放送した。同番組では、270年前の朝鮮時代の化粧品や化粧技術から現代のKビューティーに至るまで、韓国の化粧の歴史を紹介した。
和協翁主は朝鮮王・英祖の第7女であり、暎嬪李氏の1男3女のうち次女に当たる。同母弟に思悼世子を持つ和協翁主は、母の暎嬪李氏に似て容姿が美しかったことで知られている。
和協翁主は20歳の若さで早世し、後嗣を残さなかったとされる。同母きょうだいの和平翁主と思悼世子も、それぞれ22歳、28歳という若さで世を去った。
和協翁主がKビューティーの歴史を象徴する理由は、その墓からうかがえる。和協翁主の墓は2016年12月、南楊州で発見された。出土した誌石には、若くして自分より先に世を去った娘への悲しみを父の英祖が記した文章が記されていたと伝えられる。また、一緒に発掘された石箱からは、化粧品と推定される品々が見つかったという。
『和協翁主の最後の身支度』によると、朝鮮時代の女性たちは化粧の前に、植物由来の原料で作られた、現在の化粧水のような美顔水(ミアンス)を最初に塗った。その後、エッセンスとクリームの役割を果たす面薬を塗り、潤いのある肌に仕上げた。
顔を白く見せるためには白粉を使った。白粉は米粉と鉛から作られた。頬と唇を赤く彩るための臙脂は、ホンハプコッ(홍합꽃)を使って作られた。
専門家は「朝鮮時代の化粧法では、自然で控えめな化粧が重視された」とし、「肌の色を変えない自然な化粧を重視していたため、朝鮮時代の医学書『東医宝鑑』や女性向け百科事典『閨閤叢書』を見ると、化粧品の製造方法や材料に関する説明が数多く掲載されている」と説明した。
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